哲学が魚に⑪仮題
「さあ、寝ようっと」
辻さんは胸臆を隠してソプラノで歌いました。
すると、
「はなしを聞いてください。こっちです」
また声がしました。やっぱりイワシでした。
「信じがたいが、話すイワシを認めねばならない」
と覚悟を決めて、水槽に近寄り、
「驚いた。あなたはイワシでしょう?なんで」
と、話しかけました。
「私はそんじょそこらのイワシと違います。
海で生き抜くのは至難の業ですが、
自慢は、今、此処に居られるほどの、私だってことです。
どういうことかって言いますと、
例えば、私の体の大きさはどれぐらいですか?」
「30センチくらいかな」
辻さんはマジに物差しを持ってきて水槽の外から測りました。
イワシは瞳を上にあげて、ちょっと考えてから、話をつづけました。
「私を34個分繋げた、ジンベイザメが、
ランチするためにたくさんの魚と一緒に私を飲み込んだ時だって、
大口開けてね、体を垂直にしてこうです」
彼は水槽の中で縦に泳ぎ、口を開けました。
「エビや仲間たちはもうだめだと、目を閉じて奥に流されて行きましたが、
私は諦めなかった」
ちょっと間が空いて、彼は続けました。
「私は遠心力を利用しようと、力を込めて勢いよく、グルグル回り始めましたよ。
サメはまたすぐに大きな口をがぱっと開けて、餌を吸い込もうとした、そのとき、
いや、瞬間でした。ちょうど干潮から満潮へ向かった上げ潮でね。
海水が陸へ引っ張られてもいましたのでね、
全身の力を体に集中させて私は私をサメの口の外へ放り出しました。
で、、ここにこうして居るって訳です」
彼は窓の向こうの彼方に懐かしむような眼を向けました。
「すごい、まるでピノキオと同じだ」
「なんです?」