哲学が魚に⑦仮題
暫くして、
リールを巻き戻し、仕掛けを取り外し、
きらきら光る針を外し地味な目立たない針、一番軽いおもりに変えて、
餌が大海に出て来てしまって
ぷかぷかと自然に浮いている如くに漂わしました。
時間がまた流れてどれぐらい経ったでしょうか。
竿に魚が一匹ひっかかったのです。
小さな重しがぴくぴくと揺れると、竿がびゅ~んと引っ張られ、
「おおー!」
辻さんは冷静ではありませんでしたが、
冷静を装って静かにそれを船まで引き寄せると、船体にあげて、
刺さった針を戻しバケツに放り入れました。その時です、
「なんか、違う」
と思いました。
普通は釣りあげると、
魚はしばらく、ぴょんぴょんべちゃべちゃっ、と水しぶきを上げたり、
尾っぽを跳ね上げたり、体をのたうって抵抗するのですが、
この魚は寝てるように横に伏してピクともしないのです。
「船長~、ちょっと来てぇ~」
彼はやって来て、
「イワシか」
立ったまま言いました。
初めて漁師さんから貰った、
あの深海の青に輝くイワシよりも大きくて、
青サバか、ぶり、カンパチかと思えるほど恰幅よく堂々として、
バケツの中でじっとしているのです。
「死んでるの釣っちゃった?」
「死んでたら餌にかからないよ」
「なるほど。では、生簀(いけす)に入れましょう」
新鮮な内に肉厚フライにしたらさぞかしおいしいだろうと考えながら
バケツを持ち上げ、まじまじと魚を見つめました。