不動産屋を始めたグランマの絵のない絵本創作 

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「門」

 作物が豊富に取れる肥沃な土地が続く、

黒い大地のはずれに、

この集落で一番大きな墓地があります。

その北のはずれに

ブリキの屋根とブリキの壁に囲まれた平屋の小さな家がありました。

先祖代々から墓守を仕事として受け継いできた月(つき)の家です。

墓守の家には家訓、

1墓のお供えは七夜過ぎれば下げて食べてよし。

2苔は生えさせてはならない。

3子はひとり生を受けてよし。

の3か条がありました。

墓守の家では子供がはやり病などで亡くなると、

またいつの間にか1人子が生まれていたというように、

大昔から同じことを繰り返して家が継ぎ、継がれてきたのです。

 

 月は友達がいません。

というより、その集落では家柄が一番低い家なので、

だれも彼女を友として認める子はいないというだけ。

いじめにもならない、無視の世界がそこにありました。

ひとりに慣れているということもありましたが、

墓地には小さな虫や野良猫やモグラなど

遊びに事欠かない仲間がたくさんいます。

月は独りぼっちと感じたことはなかったし、

寂しさとはどんなものかと考えたこともありませんでした。

 

 月は両親の手伝いをよくしました。

 いつでも誰でもお参りができるよう、

通(みち)の境に植(う)わる榊(さかき)をきれいに切って桶に入れて、

入口に置きました。

 無縁仏の塚や無縁墓を掃除するのは月です。

お父さんが

「無縁墓はお墓を受け継ぐ人や親戚がいなくなって

お墓の世話をする人がいないお墓で、

無縁塚は旅の途中で死んだり、

国の決まりに反対したり餓えがなくなるようお役所に訴えた人が

認められないで死んだりした人たちの墓」

と教えてくれました。

月の家族も代々この塚に葬(ほうむ)られてきました。

入口に3体並んでいる地蔵様の赤いよだれ掛けの洗濯も月の係です。

洗って二つの手で四隅をしっかり持って伸ばし、皺がないように干します。

地蔵盆や虫送りや疫病送りがある時は

手が赤く腫れるほどよだれ掛けを丁寧に洗います。

 

 月はお掃除のときは「なむなむなむ」とお経をあげながら、

たわしを上下横に振ってしますが、

学校で習った歌のリズム合わせて口ずさむので、

お母さんは

「美しいお経」

といいます。

「月は歌のコンクールにでたら、1等賞とれる」

といつもほめてくれます。

 

お墓に飾られた花が枯れると、取り除いて周りを掃除もします。

苔(こけ)はあちこちに生えます。

今日も墓の前の石畳や墓の名前が彫られているその隙間(すきま)や

墓の角々にこびりついた青苔を、

水の入ったバケツを片手で持ちながら、大きなたわしで洗っていました。

すると、月が名付けた野良猫のらが

バケツの水をぺちゃぺちゃと飲みに来て、

飲み終わると今度は足元に顔を摺り寄(すりよ)せて来るのです。

 

 掃除が終わり、切り株に腰かけてのらを優しく撫でおろしていたら、

急にのらの目がきゅっと鋭く光り、木の陰あたりにそらさず目を向けました。

月も一緒に木のうしろの人影に目を向けると、女の子らしいと判りました。

春分秋分でもなく、盆でもなく、

葬式や忌でもない日に、子どもがひとりで墓地に来ることはなく、

月はどうしてそこに女の子がいるのか理解ができず、

何をどう話せばいいのかもわかりませんでした。

二人の間にしばらく沈黙(ちんもく)が続いたあと、

「月ちゃんでしょ」

と木のうしろから声がしました。

月は学校で声を出すことすら汚らわしい存在と思われていたので、

急に返事なんて出せるはずがありません。

じっと声の方向を見るだけが精一杯でした。

「月ちゃん」

また、声がしました。

時間がその声を包んでくれて、

月の耳元をゆっくりと通りすぎてくれました。

一週間前に転校してきた同じクラスの彩子さんだとわかりました。

「私は月ちゃんと友達になりたいってずっと思っていたの」

彩子さんは姿を見せずにいいました。

「月ちゃん、そこへ行ってもいい?」

彩子さんの問いかけに月は頷きました。

彩子さんは上等な布の白いワンピースを着て、

お出かけ用としか思えない黒い上等の靴を履いていました。

「月ちゃんと遊びたいと思って、お絵かき帖や色鉛筆や、

これはお母さんが作ったお手玉なのだけど、持ってきた」

彩子さんは花の刺繍がしてある手提げバックからそれらを一つずつ取り出して、

切り株の隣のお線香立てと花瓶が取り付けられてある、お墓の台座に広げました。

「なんで遊ぶ?」

彩子さんが月の顔を覗き込みました。

「お絵かき帖」

友達が話しかけてきたことは初めてでしたし、それに答えたのも初めてでした。

今までが夢であったのか、この出会いが夢なのか、月は不思議な気がしました。 

彩子さんはお絵かき帖の一枚を切り取って月に渡し、

隣に座ると、二人の間に色鉛筆を置き、

片隅の曼殊沙(まんじゅしゃ)華(げ)を描きだしました。

月はのらを写生しました。

しばらくすると、

あたりは紺碧(こんぺき)に染まり夕暮れの時間になっていました。

「もう帰らないと」

月がいうと、

「そうね、私も」

彩子さんは言いながら、片付け始めました。

「明日は席替えがあるでしょう、月ちゃんの隣になるといいな」

「うん、彩子さんの隣の席になりたい」

「それじゃあ、あしたね」

「明日ね。どうもありがとう」

彩子さんが、ブリキの家の前を通って、北の門をくぐって行くのを見送りました。

 

次の朝、学校はいつもと違う感じがしました。

教室に入ると、彩子さんはもう来ていて、

「月ちゃん、おはよう」

と声をかけてきて、月は一瞬まごついたのですが、言葉が先に

「おはよう」

と出ちゃいました。

そしたらなんか急に場違いな自分に会ったような思いがして、

うつむいてしまいました。

教室の友達はいつものように無視を続けています。

朝礼が済むと、

「昨日お話ししましたが、今日はクラス替えをします。

好きな人どうしで座りますか?

それともくじで決めますか?」

先生が生徒に聞きました。みんなは

「好きな人どうしがいいです」

と口々に大声をあげました。

月は席替えが嫌でした。

好きな人どうしで決める時は、

いつも最後の机に一人で座らなければならなかったからです。

でも今日は違います。

くじになりませんように、と祈っていました。

「学年最後の学期です。良い思い出が作れるよう、

先生は皆さんの意見に従いましょう。席替えは好きな人と座って下さい」

「月ちゃん、ここよ」

彩子さんが手招きした席に月は座りました。

それは、月が家柄とか貧しさとかを自分から外して、

新しく歩いていく道へ続く

門の扉が開いたときでもありました。

 

 学校が終わって遊ぶ約束をしたので、

月はお墓の門の前で彩子さんを待ちました。

彩子さんは花の刺繍(ししゅう)の手提げバックをもって現れました。

ケンケンやロウセキで石畳(いしだたみ)に色々描いたあとで、

昨日の切り株に座って二人は話しだしました。

彩子さんはお父さんの転勤で一つの場所に長く住んだことがなく、

友達が作れなかったことなど。

月は学校では休憩時間は図書室に行って本を読んでいること、

家に帰ると広い墓地をいくつかに区切って、

区切りごとに掃除をしてきれいにすることなどなど

沈黙は二人の間では存在しませんでした。

月は話すってことがこんなに楽しいんだと初めて知りました。

彩子さんは、

「月ちゃんの夢はなに?」

と聞きました。

「ワッフルを食べてみたいの」

「ワッフル?」

「図書館で読んだ山本有三の兄弟って本に

ワッフルがでてくるんだけど、食べてみたいと思った」

彩子さんは一瞬目が輝き、

「月ちゃん、来て!」

と月の手をつかんで奥のお墓の方へ歩きだしました。

「ほら、ここにお供えがあるでしょう。これがワッフル」

と、お墓の台座にある白い紙の箱を指さしました。

月はびっくりしました。

「これ?でもどうして彩子さんはここにワッフルがあったなんて知ってるの?」

「さっきかくれんぼしたでしょ。それでね。さあ、食べましょう」

と言うと、手をワッフルに近づけました。

「だめだめ。お供えは七夜経たない前に食べるとお父さんに叱られる」

「箱の中に日にちが書いてある。ほらね」

彩子さんは得意げに箱からジャムのワッフルを取り出して、月に差し出しました。

月はその墓に新しいお塔婆が何本も立ててあったのを見たのですが、

その話はなんとなく彩子さんにはできませんでした。

月はひと口ワッフルを口の中に入れたら、

ふわーっ

と広がって、甘い香りが体中を走りました。

「どう?」

「おいしい」

「夢が叶っちゃった。次の夢を探さないとね」

彩子さんが言うので、月は思わず、

「じゃあ、彩子さんの夢は?」

と尋ねました。

「私の夢は、月ちゃんとずっと友達でいたい」

「私も」

彩子さんは、月の次の言葉をさえぎって、

「月ちゃんの家の前にある門をくぐったら、何もない世界へ行かなくちゃならない。

私はその門がくぐれなくて、いつも外から月ちゃんを見ていたの。

友達になれてやっとこの門を通ることができた」

彩子さんは月の顔をじっと見つめました。

 

 月は彩子さんが自分の前に現れた意味をやっと知ることができました。

「だからもう、私の夢、叶うことはできない」

月は、たったひとりの友達と離れたくなくて、

「自分も一緒に行く」

と言おうとしましたが、

さっきのお墓に立てかけられていたお塔婆(とうば)の意味が

今やっとわかって、声に出せませんでした。

あたりは紺碧の空に染まり始めました。

月は彩子さんの影を追って暗闇(くらやみ)の墓地を探し続けましたが、

お母さんが呼びに来てくれたので、

小さな灯り(あかり)がともる、

ブリキの家に帰りました。

 

 月は学校で彩子さんが教室にいたかどうかを誰にも聞きませんでした。

でもね、彩子さんと過ごした2日間の出来事は月を変えていきました。

いじめに正面から立ち向かったので、みんなの無視は自然に変わっていきました。