哲学が魚に⑮仮題
「しかしです。今、人間は何をしようとしているのですか。
溜まった大量の放射性物質を海に流すという。
信じられますか?放射性物質を含む約100万トンを、ですよ、
飲み水と同じになるまで薄めて捨てると言うなら、
いっぺんに捨てたっていいじゃあ~ありませんか。
何故捨てきるのに何十年もかかるのですか?おかしいでしょう。
裏を返せばやっぱり何十年もかけて捨てなければならないレベルだと、
証拠づけていると思いませんか?それを河童たちはすごく心配しています」
なるほど、と辻さんは思いました。
「そうね、いっぺんに捨てちゃえばいいよね」
「海に住む我々に影響がないなら、それを私たちに解るように、説明して欲しいのです。
しかも、安全とだけの発表で、何故安全なのか科学者の実験説明が加えられていない。
不思議に思いませんか。将来の健康が心配なんだと。なんとかせねばと。
じゃあどうする?河童たちにも選挙権があるべきだ、となって、
私が今、此処に、こうしているのです」
「なるほど」
辻さんは頷きました。
「カッパに選挙権を!!」
イワシは水面に頭と口を出して、パクパクとできる限りの声で叫びました。
「河童は人間界に姿を出さない法、つまり決まりがあります。
姿を見せてはならないのです。
但し、選挙権を持てたら人間と同じ。
人間と共存していく世界に陰でいられるわけにはいかない。
河童は河童として人間の世界に踏み出すと伝えてくれと」
「なるほど」
辻さんは・・なるほど・・の4文字しか言葉にならない程、
夢の中のような、不思議な出会いに困惑していますが、
イワシの話は意味があると思いました。
家で魚を飼うことになった辻さんに、いろんなことが起こりました。
乗合船船長と孫の海君が訪れるようになったし、漁師のおじさんもです。
浜でお相伴に預かったおばさんたちも来て、部屋が又にぎわい始めたのです。
特に海君は31才ですが、イワシの話を熱心に聞き、質問をたくさんしています。
彼はイワシに関心を持ったみたいです。
「辻さん、僕は、小学校は5年生から、中学は3か月しか行かなかった。
高校は2年後に受かった。
頭は学校へ行こうと言うんだけど、足は行きたくなかったみたい」
「そりゃ大変だったね」
辻さんは登校拒否なら、元気づけてあげなくちゃと、
「大丈夫、おじいさんやおばあさんはあなたの味方だからね」
と彼を慰めようとしたら、意外でした。
彼はさっぱりした顔して、普通の青年なのです。続けて、
「イワシ君の話はよく分かった。だけど、僕は判らないことがある」
と辻さんに話しかけました。
「なにが?」
「だって、じゃあ100万トンを土に埋めたらどうなる?
そこで暮らしている人たちに被害が出るかもしれない」
辻さんは、
「なるほど」
と、思いました。
「100万トンはどこに捨てればいいんだろう?」
辻さんは逆に、
「廃棄しなければ、どうなる?」
と海君に質問すると、
「ドラム缶だらけの東北かあ」
と彼は両手を組んで頭の後ろに回し、体をちょっとのけ反って、
「立場が違えば、方向を変えれば、みんなに係る問題だ」
と言うのです。
「なるほどねえ」
そこへ、イワシが、
「私もその話に参加させてください」
水槽から、
「ですから、河童に選挙権!を」
と水の中から声をあげました。