魚が泣いた日に哲学が生まれた①(仮題)
辻さんはじーじが亡くなってから海の見えるマンションへ引っ越しました。
明け方、鳥のさえずりで目を覚まします。
淹れたコーヒーを片手に持ちながら、
もう一方の手を大きく振ってカーテンを端に押しやり、
窓を開けると、
碧い海と雲と空と風が目の前に眩しく広がります。
辻さんは引っ越した時に
前の家に友達を終(しま)ってきましたので、
ご飯を作る以外はベランダに座って
紺色の闇が近づくまで
水平線を眺める時間の中を過ごしました。
波の音がひっきりなしに聴こえてくるので、
テレビやラジオや音楽のスイッチをいれなくても退屈ではありませんでした。
ただ、ただ、
海と水平線と空を
一つのフレームに描き上げた
一枚の絵として見つめていると
今までせわしく過ぎ去った日々を不思議に思うほど、
長くもあり短くもある一日が流れていくのです。
今日も長椅子に寄りかかって
視線を彼方に向けていました。
その時です。
「浜に行ってみようっと」
と、
浜に行きたい衝動に駆られた言葉が
不意に浮かぶと、
そのまま、帽子をひょいとかぶって
外に出ました。
坂を少し下って、
左に折れると商店街があります。
お日さまが出始めた頃なので
どこも閉まっていました。
暫く行くと右から
ざんぶざんぶ
と蔽いかぶさる音が聞こえてきたので、
曲がると砂浜が見えてきました。