不動産屋を始めたグランマの絵のない絵本創作 

挿絵を書いてください。一緒に絵本を創りませんか。連絡を下さい。

泣いた魚の哲学⑥仮題

「だいぶ遠くへ来たもんだ」

船長さんは舳先に向かって呟いて、

餌と釣り具を辻さんに渡しました。

船は深呼吸するためにゆっくりと揺れると、

波に任せて海の底に引き寄せられ、

また青い空の下に戻されるように左右に動きました。

辻さんは波に逆らってしゃんと立ち、針に餌を刺すと、

体を大きくのけぞって糸を遠くへ放ちました。

今日の乗合船乗客は彼女一人だけでしたので、

立ち位置は自由に選べます。

魚の多い方へ糸を落とせば、

「釣れるかもよ」

と大漁を祈りました。

また、一人の客のために船を出した船長さんが、

「今日はあんたと組んで良かった」

と言ってくれる魚に出会いたいとも思ったのです。

ところが不漁でした。

アジやイワシも数匹しか獲れず、たまに小さなカレイ、カワハギが掛かりました。

「海は、、からだよ」

と彼は独り言をいうと、煙草をぷかぷかと吸い始めました。

「いいえ、海は魚の街。耳を澄ませば居る」

と、辻さんは舷(げん)から顔を突き出して海の表面の底を見据えました。

それから釣った数匹の魚を生簀(いけす)に流し、

すぐ横の大きなバケツはからっぽになってずいぶん時間が経ちました。

「今日の魚は皆賢いんじゃないかしら?餌に引っかかるような真似はしない」

と辻さんは考えました。

「私を海に、否、魚に解らせないのが一番でしょ。ならば、どうする?」

哲学が魚に➄仮題

「魚を釣る」

は、この楽しさを超える何かが

あるのかもしれない

と思ったからです。

次の日、

漁師さんに教えてもらった乗合釣り船で、沖へ出ました。

 

風はなく、晴れ渡った朝でしたが、

浜から離れだすと、

船は波に乗ってどんどん揺れ始め、

初日は魚を釣るどころではない

自分の体に出会って

一匹も釣れませんでした。

「残念だったな、今日はあんた、金はなし」

と、船長さんは辻さんの手に、

差し出したお金を戻してくれました。

辻さんは船長が気に入って

沖合に出かける時はいつも

彼の船に乗せてもらいました。

大漁の日は魚を売ってくれたりします。

大きな真鯛やら何やらを何尾も釣った時などは

船代一カ月分を払えたほどでした。

名前は忘れましたが、高級魚を乗合船に乗った素人が釣るなんて

奇跡なんだそうです。

その時ばかりは辻さんは

自信に溢れた輝きを持ちました。

何よりも新鮮な魚を頂くと元気が沸き上がります。

この日、

辻さんはいつものように、乗合船で先へ先へと進みました。

どんなに行っても

目にする水平線は同じで

視界から消えることはありません。

「船長、海の真ん中迄行ってください」

「無理だ。太平洋の真ん中へ行くには船が小さすぎる」

と、

彼は艫(とも)先から続く航跡波

見つめながら、エンジンを止めました。

辻さんも振り返ると、

 

いつもは

視界に墨で一筆書きした

細い流れのような海岸線

が見えるのですが、

今日は消えていました。

でもね、

この位置は、

人間から見たら

太平洋に向かってどんどん進んだ遠いところですが、

海から見たら

まだまだ海の端っこなのです。

哲学が魚に④(仮題)

急いで船からバケツを取り出して、

転がっている魚を一匹、二匹、三匹、四匹拾いました。

30センチ近くはあるでしょうか。

おなかは白が混ざった銀色で

体の真ん中から上は、きれいな青が光って体を覆い、

背びれに続く頭から尾までは

深海の紺といえる深い色をしています。

ひれはつるっと触り心地が良かったので撫でてあげていると、

「生はうまいぞ」

背中から声が届きました。

 

 夕食は団子汁を添えて、刺身をいっぱい食べて、辻さんはとても幸せでした。

食べものがこんなにおいしいと思えたのは久しぶりです。

「明日も出かけようっと」

と独り言を言ったら、

「いいね、おもしろそうだね」

どこからかじーじの声が聞こえてきました。

「あなた、死んだんじゃなかったの?」

と尋ねても返事はなく、振り返っても誰もいませんでした。 

 

 次の日、

辻さんが浜の先の小さな港へ行くと

数人の女性たちが話に花を咲かせて船を待っていました。

エンジン音と共に堤防の後ろから船が現れると、

人のざわめきはしんと静まり、

船が岸壁に寄せて重しを降ろすと

忽ち元気な言葉と賑やかさが周りを覆いました。

辻さんは気が付いたら

おばさんたちと一緒に魚を運ぶ手伝いをしていました。

陸揚げの景色の中に

抵抗なく入っている自分を感じました。

それから毎日浜へ出かけると、

おばさんたちと一緒にお茶を飲んだり、

の場でさばいた魚のご相伴にあずかったり、

魚をたくさんいただいたりしていたら、

「お魚を自分で釣ってみようっと」

ふっと辻さんは自分で釣ったお魚を食べたいと思い、

海へ出たいと思いました。

哲学が魚に③(仮題)

「あんた、上手だ、うた」

漁師さんが言うと、辻さんは微笑みました。

時間がどれぐらい過ぎ去ったでしょうか、

「その魚持ってけ」

漁師さんは顔を上げて辻さんに言いました。

「ありがとうございます」

足元の一匹を拾うと、

「もっと取っていいぞ」

と言って、

「船の中を覗いてごらん。中にバケツがある。それに入れて持ってけ」

ぶっきらぼうですが、あったかい声でした。

「ねこもたらふく食べて今度は鳥だ。食われる前に早くもってけ」

この漁師さんは、大漁の時は必ず

野の猫や鳥に福分けをするのだそうです。

気が付くと辻さんの横に猫が1匹、

目を閉じておなかの毛づくろいをしています。

辺りを見回すと数匹の猫たちがいました。

その姿はとても幸せそうです。

猫のお余りを頂戴し、

チャンスを狙って真上をグルグル飛びまわっている

鳥たちの分をかっさらう自分は人?

否、まさに猛禽類の仲間だった?

と考えたら

辻さんは、心がさっぱり、軽くなった気がしました。

哲学が魚に②( 仮題)

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人はまばらで

遠くに一人、

また遠くに一人といる程度でしたので、

辻さんは砂浜に正座して

両手で砂を掘り起こし始めました。

それから

その穴に体を埋めて顔だけ出し、寝転がりました。

砂の中はだんだん暖かくなってなんとも気持ちよく、

とうとと浅い眠りに誘われ、

どれぐらい経ったでしょうか。

目を開けて海を眺めていたら、

小さな魚が一匹ぴょんと飛び上がり

波の隙間に消えました。

するとまた、

魚がまっすぐ天に向かって飛び上がると

海に消えました。

同じ魚なのか、違う魚なのか、群れの1匹なのか、

定かではありません。

なんかとても楽しくなって、

「おさかなみようっと」

と、

また不意にことばが浮かぶと

立ち上がり、砂を払い、波打ち際に佇みましたが、

魚は目の前には現れませんでした。

で、

砂浜を蹴散らしてどんどん歩を進めていくと、

船が見え、傍らで漁師さんが

網の手入れをしていました。

日の出前に海の沖合に出て帰船する時間は

漁の取れ具合によるのですが、

今朝は魚がたくさん取れたので

浜に戻って休憩したあとの、

いつもの作業をしているのです。

穴の空いた網をふさぐ姿を

じっと見つめました。

小さな穴や両手が入るほどの穴、

もっと大きな穴がまたたく間にきれいになっていきます。

面白いというより手さばきの速さは

ビートのきいた音楽が似合うなあと、

「えんやこら」「えんやこらさっと」

を早いリズムで

漁師さんの手の動きに合わせて

即興で歌いました。

漁師さんが掛け声を入れたら

不思議と格好いい響きとなって辺りを包みました。

魚が泣いた日に哲学が生まれた①(仮題)

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辻さんはじーじが亡くなってから海の見えるマンションへ引っ越しました。

明け方、鳥のさえずりで目を覚まします。

淹れたコーヒーを片手に持ちながら、

もう一方の手を大きく振ってカーテンを端に押しやり、

窓を開けると、

碧い海と雲と空と風が目の前に眩しく広がります。

辻さんは引っ越した時に

前の家に友達を終(しま)ってきましたので、

ご飯を作る以外はベランダに座って

紺色の闇が近づくまで

水平線を眺める時間の中を過ごしました。

波の音がひっきりなしに聴こえてくるので、

テレビやラジオや音楽のスイッチをいれなくても退屈ではありませんでした。

ただ、ただ、

海と水平線と空を

一つのフレームに描き上げた

一枚の絵として見つめていると

今までせわしく過ぎ去った日々を不思議に思うほど、

長くもあり短くもある一日が流れていくのです。

今日も長椅子に寄りかかって

視線を彼方に向けていました。

その時です。

「浜に行ってみようっと」

と、

浜に行きたい衝動に駆られた言葉が

不意に浮かぶと、

そのまま、帽子をひょいとかぶって

外に出ました。

坂を少し下って、

左に折れると商店街があります。

お日さまが出始めた頃なので

どこも閉まっていました。

暫く行くと右から

ざんぶざんぶ

と蔽いかぶさる音が聞こえてきたので、

曲がると砂浜が見えてきました。

出会った人がすごい。

70歳9か月から勉強し、71歳で資格を取り、72歳から仕事を始めたグランマは

今年で3年目に入りました。

仕事はどうですか?って?

事はちょっと置いて、、

何故って、

出会いがとてもすごい!

お恥ずかしながら、この年になるまで関わらなかった

いいえ、この仕事しなかったら私はただの主婦。

ただのおばあさん。

主婦同士の集まりや、稽古事で知り合った人々。

それはそれで楽しいですが、

ちょっと違うのです。

f:id:jmoms:20210503191711p:plainイワウチワ 

84歳です。

しかし、お声はきれいで聞きやすく、

その上、言いたいことをしっかりと持っていて、

今なおですよ、

熱意が溢れて、未来を語り、政治を語り、

言葉を濁さない。

諦めない生き方!

しかも、青年、いいえ若き女性のごとき

目が輝き、今を知る力を持つ。

 

今まで、私の知り合いは70歳近くなると、

男の方も女の方も、

「年取ると疲れる、記憶力が薄れた」

とか、老いを感じる言葉をちょくちょく語ります。

 

でもね、その方は、

お会いしてお話を伺っていて、

老いをまったく感じないのです。

 

始めてお会いした時は、

骨折は6か所?か7か所?あって歩くのが大変そうかなって思ったのですが、

どんどん良くなられて、今はしっかりと歩き、

お孫様のために、またお客様がいらしたときは

数時間立ち続けて料理をしてもてなします。

整形外科の先生は

「寝たきりのはずが奇跡」

と診察時に言われたそうです。

 

ガンや脳梗塞などあらゆる病気もされています。

脳梗塞の主治医に、この間の検査で

「7つの血栓が2つになっている」

と。

先生も驚いていたとのことです。 

 

仕事でも、メンタルでも、

その方との出会いを考えると

奇跡だなあ。って思わずにはいられません。

 

仕事をしたからこそ

前に向かって進める出会いに恵まれた。

と感謝しています。

そのお客様は私の指針でもあります。

不動産屋さんではありません。

が、不動産屋さんより知識があって、

奥が深く、仁義を重んじる。

何より生き方が格好いい。

 

仕事は関係なく、なしでいいです。

その方の考え方や進む方向を

師として私の心の中に埋め込みたいと。